
◆塾長日記2010年8月19日
●言い切る姿勢
“Be confident(自信を持て)”
これがアナタのスピーチを大成功に導いてくれます。
“そもそも話をすること自体が苦手なんだから、
自信を持てって言われても無理だよ・・・”。
こう愚痴っている人は今すぐに考えを改めてください。それがアナタにとって大切なことだからです。
独善的(dogmatic)だと言われようとも、臆することなく、思ったことを言い切ること。こういう姿勢を貫き通すことが自信(confidence)というオーラを生み出してくれます。
“こう思われたらどうしよう”。
“反論されたらどうしよう”。
””笑われたらどうしよう“。
こういう弱気な姿勢がアナタから自信のエキスを奪い取ってしまうのです。
どう思われようが、反論されようが、笑われようが、とにかくズバッと言い切ること。これが風圧となり、会場全体をアナタ色に染めてくれるのです。
言い切るためには、それなりの素材と組み立てが必要です。その点、事前の準備は大切です。練りに練った内容がアナタの手元に用意されているのであれば、もう迷う必要はありません。ズバッと言い切ればいい。
自信がないスピーチ、自信がないように見えるスピーチで人を動かすことはできません。だからこそ、アナタ自身が自信に満ち溢れたオーラーを発するべきなのです。

◆塾長日記2010年8月18日
●人を楽しませること
“会話が弾まないんです”
こういう悩みは深刻です。どうにかして楽しい会話がしたい。心の底からこう願ってはいても、なかなかうまくいいきません。自分の性格に問題があるのではと、ふさぎ込んでしまう人もいるほどです。
“昨日、渋谷に行ったんだけどね、
偶然、知り合いに出会ったわけ。
そしたら私のこと、気づいてくれないのよ。
考えてみたら私、その日は化粧してなかったのよ”。
こういうことがサラッと言える人がまわりを明るくする人です。会話は弾むものではなく、弾ませるものなのです。
場を盛り上げるにはどうすればいいか、どういう会話が喜ばれるのか、どういう話題がウケルのか。そのことを念頭に置きながら日常を過ごしている人が会話を弾ませる人なのです。
“お笑い芸人じゃあるまいし・・・”。
こういう気持も分かります。それでも、人を楽しませるためには時としてお笑い芸人のごとく振舞うことも大切なのです。
自分の過去の失敗談を振り返り、無理矢理にでもコミカルに演出してみるのです。どんな些細な失敗でも構いません。創意と工夫次第ではプロ顔負けのトークに仕立て上げることもできるのです。
会話を弾ませるコツをつかむとアナタのまわりに人が集まってくるようになります。食事に誘われる機会も多くなるはず。
“君が話すとどんなことでも面白く感じられるんだよな!”
アナタが会話を弾ませることを皆、心待ちにするようになるのです。

◆塾長日記2010年8月17日
●会社を辞めるタイミング?
“会社を辞めて独立したい。でも・・・”。
こういう声はあちらこちらから聞こえてきます。“でも”から先の話が実に長い。朝までたっても終わらないくらいの勢いで、皆、話を続けます。
“独立したらどうなるか?”
25日に自動的にお金が振り込まることだけはなくなります。独立するとこれだけは確実に変りますが、アナタ自身が変ることもなければ、家族が変ることもありません。劇的な変化がアナタを襲ってくるわけでもありません。
今、自分が勤めている会社がどうして存続しているのか、どうして利益を上げ続けているのか。それはアナタが身を粉にして働いているからであり、アナタが時間を会社に捧げているからです。
会社には給与以上に働く人とそうでない人がいます。前者が1割、後者が9割です。もしアナタが前者に属するなら今すぐに会社を辞めるべきです。これまでの余剰分は手土産に置いてくればいい。今のアナタを優遇しないような会社は、この先も優遇することはありません。これが日本の会社のトラップ(trap)です。
経済が右肩上がりの時代であれば、昇給すること、昇進するのを待つのも選択肢のひとつだったと思います。今はそういう時代ではありません。
“独立してもやっていけるだろうか”。
こういう不安が決断を鈍らせるいちばん大きな理由だと思いますが、今一度、冷静になってみる必要があります。会社はアナタから搾取し続けてきたのです。真面目に働くアナタを騙し続けてきたのです。このことに気づかなければなりません。
悶々とした気持ちで働くと一瞬で10年が過ぎ去ります。
“今、辞めるわけにはいかない”。
こう思ったときが辞めるタイミングだったと10年後に気づくのであれば、今すぐに会社を辞めるべきなのです。

◆塾長日記2010年8月16日
●チョークを投げる人たち
“ほら、ちゃんと聞いてなきゃダメじゃないか”。
こうやって生徒にチョークを投げる先生がいました。どうせ投げるのなら、授業の最初に投げて喚起する方がよほど効果的・・・?
さて、先生と呼ばれる人たちの頭の中は専門知識で満ち溢れています。先生ですから当然です。その知識をどう伝達(transmit)するか、その手腕が問われるのは今に始まった話ではありません。
板書が綺麗なのは当たり前です。説明が分かりやすいのも当たり前です。いい授業とは、
“ヤル気が出る授業”
です。この一言に尽きると思います。
鼓舞、激励することによってヤル気のない生徒をヤル気のある人間に変えていくこと。すでにヤル気のある生徒からは、さらなるヤル気を引き出すこと。そうしようとする気概がある人が先生という仕事に就くべきなのです。
“ヤル気がない生徒の前で授業を行うのは大変だ”。
こう愚痴る先生は大きな誤解をしています。
“話し手は聞き手を選ぶことができない”。
これが宿命だからです。
チョークを投げる先生にはこのことが分かっていないのです。
“どうして真面目に聞かないのか?”
単に授業が面白くないからであり、ヤル気が出ないからなのです。聞き手とは実に正直なのです。
前に立っているだけで生徒のヤル気が喚起される人。こういう人は民間にたくさんいるのではないかと私は思っています。

◆塾長日記2010年8月15日
●資本教?
問:おまえの名はなにか?
答:賃金労働者です。
問:おまえの宗教はなにか?
答:「資本教」です。
問:「資本教」はおまえにどのような義務を負わせるのか?
答:権利放棄の義務と労働の義務です。
問:社会に対するどのような義務を、これはおまえに負わせているのか?
答:社会の富を、まず私の労働によって、次いで私の倹約によって、増大させることです。
問:神はどのようにおまえを罰するのか?
答:失業を科すことによってです。そうなると私は破門され、パンも葡萄酒も火も取り上げられます。妻子も飢え死にすることになるのでしょう。
問:おまえの祈祷はどのようなものか?
答:言葉では祈りません。労働が私の祈祷です。
(『怠ける権利/ポール・ラファグル』
資本には国も人種も年齢も、そして性別にも区別はありません。みな“平等”です。利益を追求する組織に所属している限り働くことから逃れることはできませんが、中でも最も従順に働くのが日本人です。
すすんでサービス残業をすること、病欠をしないこと、有給を消化しないこと、これらのことが踏み絵になっています。資本教に対する疑念の気持ちが芽生えた人、こういう人には”村八分“という制裁が与えられます。だから、渋々であっても踏み絵を行うのです。
今年の日本は亜熱帯よりも暑い日々が続いています。それでも皆、黙々と働き続けられるのは、信仰心が深いからなのでしょうか。
20時40分、資本教が最も盛んな国、日本に戻ってきました。

◆塾長日記2010年8月14日
●父にこう言い返したい!
“背広がダメな人は仕事もダメ”。
生前、父がよく口にしていた言葉です。
背広に無頓着な男性は少ないでしょうが、背広に無制限にお金を使う男性も、また、少ないと思います。父は後者のタイプでした。
ステテコのまま家の中を歩き回っている父でしたが、背広を着るとビシッと紳士に様変わりするのです。
私自身、父の言葉は肝に銘じているつもりです。これまで、そこそこのお金を背広に使ってきました。それでも、高橋洋品店に赴いて、値札を気にすることなく生地を選び、背広を仕立てることは、ためらってしまうのです。
さて、タイに来たら洋品店に直行し、仮縫いをしたら翌日には日本に帰る人が増えているそうです。イタリア製の生地が驚くほどの価格で買えるのですから当然です。縫製の技術も進んでいます。事実、そういう店のテーラーが作った商品がブランド品として日本のデパートに並んでいるのです。
洋品店が乱立するバンコクにあって、観光客だけを相手にする店、中には詐欺まがいの店もあることは事実です。そういう店は店員の接客や態度を見れば一目瞭然です。100バーツ(270円)で背広を仕立てること自体、無理な話なのです。100バーツ・スーツがそれなりの品質であることにも驚かされるのですが・・・。
私が立ち寄ったお店のマネージャーはミャンマー人でした。生地の説明から採寸まで実に巧みな英語で接客をしてくれました。ガイドブックに載っている有名店ではありませんが、このお店で仕立てることに決めました。
“今風の仕事人はタイで背広を仕立てるのだ”。
こう、父に言い放ってみたい気持ちです(笑)。

◆塾長日記2010年8月13日
●潜りたい・・・!
じっとして体に負荷をかけないこと。これが今の私に与えられたミッションです。
“サウナはダメ”。
これは我慢できます。
“炎天下でのゴルフもダメ”。
朝の涼しいうちにすればいい。
“無理なセックスは論外”。
これにも納得です。
ステント治療の経過が判明するのが今年の年末です。それまでは多少の我慢は覚悟しています。
タイには数多くのダイビング・スポットがあります。サムイ島やタオ島はとくにタイバー憧れの場所です。息子にも10歳の誕生日後すぐにPADIのライセンスを取得させました。それくらい私は海が好き、潜るのが大好きなのです。
ダイブ・マスターを取得し、インストラクターを目指していた私自身、心臓疾患が致命的なリスクを伴なうことは重々承知しています。だからこそストレスがたまるのです。
“少しだけならいいかな?”
私の中のもうひとりの自分が語りかけてきます。
おそらく大丈夫だと思います。ごく普通の日常生活がおくれているのですから、15メートル程度のダイビングなら問題はありません。それでも、
“心臓が止まったらどうしよう”。
こういう不安を抱えている限りダイビングはNGなのです。
“パパ、おとなしく待っててね”。
息子が潜りました。
私はボートの上で今、これまでに潜った景色を思い浮かべています。クジラが出没するマウイ島沖、火山地形が圧巻のハワイ島周辺、グアムのイルカ群、パラオの銀カメやマンタ等、その映像は私の脳裏に焼きついています。
そう遠くない、いつの日か、タイの海で息子をエスコートすること。これが私の夢です。

◆塾長日記2010年8月12日
●不思議な国タイ
タイで私が気づいたこと、意外だったこと、驚いたこと・・・。
僧侶がタバコを吸っている、
僧侶が携帯メールをしている。
なぜか日本語が通じる。
タイ米の炒飯は美味しい。
お米は三毛作。
日本より国土が広い。
食料自給率が100%を越えている。
料理が辛くない。
ピザ屋さんがない。
日本の桃が500バーツ。
とんかつ屋さんが多い。
箸が上手に使えない人が多い。
土日も銀行が開いている。
散髪屋さんが多い。
エッチな散髪屋さんもある。
美容院も多い。
チップの習慣がある。
セブンイレブンが多い。
ファミリーマートもある。
108マートも人気がある。数字の意味は?
レジ横で肉まんを売っている。
王様は日本のSMAPより人気がある。
走らない。
皆、歩いている。
怒らない。
大声を出さない。
渋滞でも急がない。
ベンツが多い。
トヨタ車も多い。
太っている人が少ない。
痩せている人も少ない。
タクシーの運転手は赤信号になると眠る。
不浄の左手でチップを渡すと一瞬だけムッとされる。
タイ語が模様に見える。
バスの中で立っている人が少ない。
暑がりの人が多い。
会計が遅い。
MKレストランで店員が踊っている。
象がいない。
アメリカ人もいない。
今日は王妃の誕生日。
以上。

◆塾長日記2010年8月11日
●タイ人は怠け者なのか?
“今日は会社を休みます”。
“どうして?”
“シャワーの水が出ないから”。
こんなことが起こり得るのがタイという国です。
タイの人たちは汗を嫌います。“くさいっ”、とか、“不潔っ”と言われることを極端に嫌うのです。だから一日に何度もシャワーを浴びます。仕事場に着替えを持ち込む人もいるほどです。彼らにとって清潔でいることは仕事以上に大切なことなのです。
“だからタイはダメなんだ”。
こう決めつけるとうまくいきません。事実、タイに進出している一部の日系企業では現地労働者とのミス・コミュニケーションが社会問題になっています。
おたがいを干渉しない、くよくよしない、そして、気楽に、明るく、元気にその日を過ごす彼らにとって日本式の労働は過酷です。人件費が安いという理由だけでタイに進出した日本企業が撤退を余儀なくされるのは、タイ人独特の感覚に無頓着だからです。タイ人は“ルーズだ”、“怠け者だ”、“無責任だ”と決めつけてしまうと意思疎通の道は遮断されてしまいます。
“今日は会社を休みます”。
“どうして?”
“シャワーの水が出ないから”。
“そりゃ大変だ。
大丈夫?
いま業者を呼んであげるからすぐに修理をしなさい。
仕事のことは気にしないでいいから”。
こういう会話ができる人材を赴任させている企業はタイで成功しています。現地の風土をよく理解し、タイ人の心の機微に触れたコミュニケーションができるからです。タイ人が怠け者だと言い切る人は、タイ人のことを理解することを怠けているだけなのかも知れません。
“Do in Rome as the Romans do.”
古くて、そして、新しい諺です。

◆塾長日記2010年8月10日
●食中毒になったらどうするの!
私のスーツケースには薬がつまっています。胃薬、風邪薬、ビタミン剤、抗生剤、軟膏、バンドエイド・・・。虫除けスプレーや熱さまシートも入っています。保険は額を奮発しました。
“生水はダメですよ。
氷にも注意してください。
歯磨きやシャワーの水でお腹をこわす人いますから。
屋台にも注意が必要ですよ”。
水や屋台でお腹をこわす人もいるというにはよく聞く話です。私たちも神経質になっているのです。
“こんなところで食べたらお腹こわすだろうね”。
タイの屋台を初めて見たとき、私たちはこういう会話を交わしていました。少しばかり上から目線でタイの人たちを見下していたのです。
慣れてくると考え方が徐々に変ってきます。
“火を通しているから、大丈夫かも。
でも、お皿は水で洗っているからなあ”。
炭火が放つ香ばしい匂いに立止まることはあります。でも私たちが屋台で食事をすることはありませんでした。
バンコクに来て18日目の今日、私たちは初の体験をしています。
屋台で食事をしているのです!
“屋台で食べなきゃタイに来た意味ないじゃん”。
母も息子も、そして私もこんな調子です(笑)。”慣れ”とは恐ろしいもの?
屋台の多くは都衛生局の許可を取って営業しています。月に500バーツの料金を払い、許可証を発行してもらい、指導も受けています。このことだけで屋台が安全だと言い切れるわけではありませんが、私たちが過剰に反応しすぎていたことも事実です。
スーツケースの中はいまだに薬でいっぱいです。

◆塾長日記2010年8月9日
●英語とゴルフ
“息子さんはゴルフを習っているんですよね?”
“いや、私が教えているんですよ”。
こういう会話をするたびに、
“あのお父さんは相当の腕前なんだろうな”。
と思われていることでしょう。
ゴルフ音痴の私が指導することなど、“常識人”からしてみれば問題外のはず。このことは私も息子も承知しています。それでもスクールに入学させないのには、私なりの“作戦”があるのです。
英語とゴルフには共通点があります。好きになること。体で覚えること。萎縮しないことです。この3点さえクリアーすれば英語は相当できるようになります。ゴルフも同じことだと私は考えています。
“キホンができていないのにコースをまわっても意味がない”。
果たしてそうでしょうか。
“英語ができないうちにアメリカに行っても意味がない”。
こういう言葉に翻弄されて、未だに留学もしなければ英語もできない人を私はたくさん知っています。ゴルフにも当てはまると思います。
いつまでもこういうゴルフではいけません。もっと上達して、息子の側から私を拒絶する日が来るはずです。その時には自宅を売ってでも一流のプロに指導を仰ぎたいと考えています。
ラム・ルッ・カ(Lam Luk Ka)カントリークラブに来ています。息子が生まれた1997年にタイガー・ウッズが優勝したコースです。
“入れっ!”
今日、人生初のバーディーを体験しました。運も味方に全体を8オーバーでまとめてくれました。
母親に似て小柄な息子です。ゴルフ向きの体型でもありません。それでもゴルフをするときの彼の目はキラリと光っています。それでいいのです。

◆塾長日記2010年8月8日
●タイ式ソープランド初体験!
“ステント治療をしたと思ったらタイですか?
福澤さんもますますお盛んですね。
ワッハッハ”。
息子のゴルフと休養というのは実はウソで、タイに行くのは“オンナ”が目的。もしかしたら息子さんと同伴ではないのかも・・・。中にはこういう勘ぐりをする友人たちもいます。
さて、バンコクでタクシーに乗ると、きまって”お誘い“があります。どの運転手も“オンナ”、“カラオケ”、“バー”という単語を上手に話すのです。私が案内されたのはJ Oneというマッサージ・パーラーでした。立ち寄るだけでもお店から100バーツのコミッションがもらえるそうです。タクシーの料金よりも多いかも知れません(笑)。
中に入るとズラリと並んだ女性が目に入ります。50人はいるでしょうか。そこはまさに雛祭りの雛壇、この中から気に入った女性を選ぶのです。
店員が私に話しかけてきます。コンチアです。コンチアとは要するに店内にいる“客引き”のような存在で、女性を指名する際に、こと細かなアドバイスをしてくれるのです。その立ち居振る舞いはミュージカル“Miss Saigon”のエンジニア役とそっくりです。
左側の壇に座っている女性が3000バーツ、中央が4000バーツ、右が5000バーツ。実に分かりやすいシステムです。雛壇の外側に立っている女性もいます。サイドラインと呼ばれている、とくに若い女性たちで、5000バーツ以上するといいます。私に手を振る女性やウィンクをする女性もいます。
面白かったのがコンチアの話しぶりです。とりあえず英語は話します。でも自信がないのでしょう。強面の男が口ごもったり、まばたきをする姿は実に可愛らしい(笑)。部屋のリノベーションをしたとか、今日はとくに高い女性が多い等々、料金が高い説明を精一杯の言葉で続けるのです。
少しだけ、からかってみました。
“You know who I am?
I’m not willing to pay less than 10000Baht.”
こうやって立ち去ろうとする私に彼が放った言葉、それは、
“ソーリー・ソーリー・ミスター・ジェントルマン”。
思わず
笑い転げそうになってしまいました。
1万バーツも払ってくれるだろう上客を逃すわけにはいきませんね(笑)。
会話代としてそのコンチアに少しばかりのチップを渡し、私は店を後にしました。

◆塾長日記2010年8月7日
●消えたマンゴスチン?
“果物は?”
これが父の口癖でした。食事は質素でも、果物にはうるさいのです。
“今日は何かな?”
果物がないと機嫌が悪くなります。美味しくなくても機嫌が悪くなります。だから季節の果物を常に用意しておくのです。
父が食べなかった果物は私に回ってきます。だから私の口も肥えてしまったのです。
お肉や野菜は妥協しても、果物だけにはお金を使います。果物代だけでエンゲル係数が高くなってしまうのは、おそらく我が家くらいでしょう(笑)。
“果物をお腹いっぱい食べたいわね”。
母の希望を叶えるものひとつの親孝行、朝一に行って、マンゴスチンを買ってきました。3キロで100バーツ(270円)、40個くらいはあるでしょうか。
“私の大好きなマンゴスチンだわ。
高かったでしょう?”
ここはタイです。高いはずがありません。
“千疋屋で買ったらいくらかしら”。
ブツブツ言いながら母は3キロ分のマンゴスチンを食べきってしまいました。
“まだ食べられるけど、このへんにしておこうかな”。
町中のマンゴスチンを買ってきても母ならば平らげてしまうことでしょう(笑)。
“あら・今日は朝ごはん食べないの?”
私の母は食欲旺盛です。お腹をこわすこともなくタイでの生活をエンジョイしています。71歳のスーパーお婆ちゃんだと思います。

◆塾長日記2010年8月6日
●日本というお母さん
“日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。
日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、
生まれた子どもはすくすくと育っている。
こんにち東南アジア諸国民が、米・英と対等に話ができるのはいったい誰のお陰であるか。
それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。
12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。
さらに8月15日は我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。
我々はこの2つの日を忘れてはならない”。
これは、タイの元首相ククリット・プラモード氏が1955年6月、サイヤム・ラット紙に記した文章です。
タイという国が日本の同盟国だったことを考慮に入れたとしても、戦中の日本、戦後の日本をこのような言葉で表現してくれる人物がいたことに私の歴史観は、今、大いに揺さぶられています。自分の不勉強を反省すると同時に、太平洋戦争に対する自虐的な思想ばかりに囚われていた自分を恥ずかしく感じています。
“戦時中の日本は悪の権化だった”。
こういう歴史観だけが唯一正しい解釈ではないのだということを、元首相の言葉が教えてくれているのだと思います。
タイに滞在して、私のアジア観は変りました。そして過去のアジア観も大いに変わったのです。

◆塾長日記2010年8月5日
●古式マッサージの威力
日本との物価差を考慮したとしても、マッサージの安さは驚異的だと思います。街中にあるごく普通のお店でも2時間350~450バーツ、日本円で950円~1200円、これだけで古式マッサージができるのです。
“痛くないのかな?”
私もこういう不安を抱いていました。体験してみれば分かります。ズバリ、タイ古式は究極のマッサージです。按摩とは比べようもありません。気持ちがいいのはもちろん、マッサージが終わってからの爽快感が格別なのです。
“月に行って歩くとこんな感じなのかな?”
そう思えるほど足腰が楽になります。お釈迦様の時代から2500年以上も続いている理由が頷けます。
マッサージ師の方々の多くはカタコトの日本を話してくれます。私も少しだけタイ語を覚えました。
“サバーイ・サバーイ”は“気持ちいい”、
“マイジェップ”は“痛くない”、
“ティーニー”は“ここ”。
会話学校で勉強するよりも効率がいかもしれませんね(笑)。
さて、バンコクの面白さ、それは純粋な古式マッサージといわゆる風俗店が街中に混在していることです。外見からおおよその想像はできますが、お店に入ってみなければ分からないこともあります。
”パパ、ここ違うよ!”
扉を開けた瞬間に怪しい光景が視界に入ります。セクシーな衣裳を身につけた女性たちが私たち親子を見てニヤニヤしているではありませんか。息子と同伴でなければそのまま中に入ってしまいそうです(笑)。

◆塾長日記2010年8月4日
●Oh、Lady Boy!
噂通り、タイでは“おかまさん”を見かけることが実に多い。
“One out of five is a lady boy.”
男性の5人に1人なのか、人口の5人に1人なのか、定かではない説明ですが、とにかく“おかま”さんが多いのは紛れもない事実です。“Lady Boy”と呼ばれています。分かりやすい言い方ですね。
タイに来てみて、私はLady Boyたちの美しさにワクワクしています。こういう話をすると、
“福澤先生ってもしかして変態なの?”。
日本ではこう茶化する人が多い。だから私自身、人前で美を語ることを避けてしまいます。私には女装の趣味もありませんし化粧の趣味もありません。いつまでも凛々しいニッポン男児であり続けたいと思っています。それでも、美に対する願望や憧れは常に持ち続けています。
“ラスト・エンペラー”で有名なジョン・ローン(John Lone)は私が大好きな俳優です。彼の英語は実に華麗です。バリ島を舞台にした、彼が女性役を演じた映画がありました。香港出身ですから、おそらく英語は母国語ではないはずです。彼の話し方に憧れた私は一時、その喋り方を真似たことがありました。
タイのおかまさんたちも実に華麗な英語を話します。ジョーン・ローンに似た喋り方をするのです。私が彼女たちに遭遇したのはホテルのフロント、レストラン、デパートでした。
“What can I do for you, sir?”
Rの音を抑え、鼻から発する発音はイギリス英語のそれに似ています。話し方はゆっくりですが、Wの発音は実にしっかりしています。英語のツボは押さえているのです。
日本でいわゆるLady Boyさんたちに出会うことが少ないのは、数が少ないからではありません。社会の中枢で仕事をするチャンスに恵まれていないのだと思います。その点、タイは先進国です。
綺麗に歳をとること、赤いスポーツカーに乗り続けること、そして気品溢れるおじさまになること。これが私の夢です。タイのLady Boyたちに負けるわけにはいきませんね。

◆塾長日記2010年8月3日
●ニューヨークとの比較
“部屋にゴキブリが出るのよ。
どうにかして!”
当時のガールフレンドに私が紹介したホテルでの出来事です。
“狭くてもいいから”。
こういうリクエストに戸惑います。
”多少、古くてもいいから”。
こういう声に押し切られてしまいました。
ニューヨークに広い部屋を期待することはできません。古くない部屋を探すものたいへんです(笑)。1泊300ドル以上であれば大きな不満を感じることはないかも知れません。まともな部屋とホスピタリティーを望むのであれば400ドル以上は覚悟しなければならないのです。
“100ドルも払ってコレなの?
これ以下のホテルってどうなっちゃうのかしら(笑)”。
彼女の言い分もよく分かります。でもこれがニューヨークなのです。
さて、ニューヨークの実情は息子も熟知しています。だからこそ、初めて滞在するバンコクでのホテル選びには神経質になるのだと思います。
Expedia(エクスぺディア)で検索しながら息子がポツリと呟きます。
“こんな値段で5つ星なの?
怪しいんじゃない?”
そうやって決めたホテルに私たちは今滞在しています。
およそ80平米の1BRは家族3人には十分な広さ、53階のベランダから見下ろすチャオプラヤ川は絶景です。ミニバーの飲み物はすべて無料、アメニティーはブルガリ(Bulgari)、すべてが至れり尽くせりで、ニューヨークの“ゴキブリホテル”よりもはるかに安いのです。朝食も無料です。
世界中から毎日、3万数千人の観光客がこの街にやって来るのも頷けます。

◆塾長日記2010年8月2日
●池ポチャだ!
“アッ! 池に入っちゃった”。
息子が叫んでいます。タイのコースは池が多いのが特徴です。
“マイ・ベン・ライ(大丈夫)”
と言いながらキャディーさんが池の中を覗いています。私たちが驚いたのは彼女の行動です。素足になってズボンをまくり池の中に入っていくではありませんか。
“見つかるわけないよな?”
と思っているとキャディーさんが微笑みながら振り返ります。息子のボールを探し出してくれたのです。
私たちはアマチュアの中のアマチュアです。堂々とコースをまわるようなレベルではありません。こういうゴルフに付き合ってくれるだけでも有難い。池ポチャしたボールをも懸命に探してくれるのはタイならではだと思います。
キャディーさんは大忙しです。バンカーの整備、マーキング、旗抜き、傘もち等々、とにかくよく働いてくれます。ライン読みも丁寧にしてくれるので大助かりです。原則、キャディーさんの給料はありません。日当もありません。キャディーフィーの一部とチップが唯一の収入源です。
“だから一生懸命なのかなあ?”
そうではないと思います。お金のため、チップのためだけに働いているのだとすれば、私たちの“スロー・ゴルフ”には到底付き合えるはずはありません。
右の林に打っても
“マイベンライ(大丈夫)”、
左の池に入れても
“マイベンライ(大丈夫)”。
時間の効率の悪い私たちのゴルフに最後まで付き合ってくれたのが私たちのキャディーさんでした。

◆塾長日記2010年8月1日
●誇大広告?
腰にポチェを巻きつけ、手には”地球の歩き方“を抱え、そしてキョロキョロしながら歩いている。こういう人がスリと出会って、
“タイは危険なんだよ”。
と書き込むのだと思います。
“私は日本の観光客ですよ。
お金を持っていますよ。
どうか奪ってください”。
こういうオーラを発していればどこの町でも危険です。
バンコクの街を歩いてみて私が感じたこと。それは東京やニューヨークと同様、バンコクは危険ではないということです。過去のニューヨークのように、日中不意に襲われたり、金銭を奪われたりすることはないのです。
“公園で鳩の餌を売りつけられた”。
こういう人は買う前に額を確認してない人です。
“タクシーで迂回された”。
こういう人は街の地理に疎い人です。
“置き引きに遇った”。
こういう人は勝手に荷物を置き忘れた人なのです。
不注意の原因をタイの人々に押し付けること。タイが危険な国だというレッテルを貼り付けること。こういう愚を犯す少数派の人々がタイのイメージを悪化させているのだと私は思います。
日本のメディアで報道されるタイ、ネットで露出されているタイはこの国のほんの一部を切り取って誇大に表現されているだけなのです。